違和感はどこから現れるのか ─ 決算書とレントゲンの共通点
監査人は決算書を見ながら会社を見ている。医師はレントゲンを見ながら人体を見ている。そこから現れる違和感について考えてみました。
今回はインスパイア記事です。
先日、BMPさんのこの記事を読みました。
AIは優秀な解決屋だが、違和感を持ち、問いを立てるのは人間の役割という記事です。
人間だからこそできるAIとの付き合い方が気になる方はぜひ読んでみてください。
その記事を読んだあとも、「違和感」という言葉が頭の中に残っていました。
ふと、自分にとっての違和感とは何だろうと考えました。
今日はそのことについて書いてみようと思います。
違和感はなぜ大切なのか
私は公認会計士として監査の仕事をしています。
監査とは、会社が作成した決算書が適正に作成されているかを確認する仕事です。
監査ではさまざまな手続きを行います。
決算書全体を分析することもあれば、請求書や契約書などの証憑を確認することもあります。
そうした監査手続きの中で、私は「違和感」を大切にしています。
もちろん、違和感だけで何かを判断するわけではありません。
しかし、
「なぜだろう」
「何か気になるな」
という感覚が、追加の質問や確認につながることは少なくありません。
違和感というと、勘やセンスのようなものに聞こえるかもしれません。
たしかに、そういう側面もあるのでしょう。
でも私は、それだけでは説明しきれないように思っています。
そのことを考えるたびに、思い出す話があります。
正常を知ると異常が見えてくる
以前、医師がレントゲンを見るときの話を聞いたことがあります。
レントゲンを見て異常を見つけるためにはどうしたらよいのか。
その答えは、異常なレントゲンをたくさん見ることではありませんでした。
正常なレントゲンをたくさん見ること。
正常な状態を繰り返し見ることで、頭の中に正常像ができあがる。
すると、そのイメージと違う部分が自然と目に入るようになる。
そんな話でした。
この話を聞いたとき、監査の仕事と少し似ていると思いました。
医師はレントゲンを見ているようで、実は人体の状態を見ようとしているのでしょう。
監査人も同じです。
決算書を見ているようで、実は会社を見ようとしているのです。
監査人は決算書ではなく会社を見ている
会計の世界では、「会計は写像である」と言われます。
カメラでいえば、被写体(実像)を写し取ったものが写真(写像)という感じですね。
会社で起きている出来事が被写体だとすれば、決算書はその写真のようなものです。
決算書に書かれている数字は、会社で起きた出来事そのものではありません。
会社で起きた出来事を、会計というルールに従って表現したものです。
だから監査人は、数字だけを見ているわけではありません。
会社では何が起きているのか。
業界はどうなっているのか。
世の中ではどんな変化が起きているのか。
そうした実像を理解しようとします。
例えば、物価高騰がニュースになっていれば、
「この会社にも影響があるのではないか」
と考えます。
設備投資をしたと聞けば、
「決算書にはどんな影響が出ているだろう」
と考えます。
そんなふうに会社の状況を理解したうえで、
「もしそうなら、決算書はどのような姿になっているだろう」
と考えながら数字を見ています。
理解と現実のズレが違和感を生む
例えば、新しいリース契約をしたと聞いていたとします。
その状態で数字を見ると、
「あれ?」
と思うことがあります。
想像していた変化が見られないのです。
そこで質問をしてみると、
「契約はしたけれど利用開始は来月からです」
という説明が返ってくることもあります。
そうすると違和感は解消します。
監査ではこういうことがよくあります。
違和感があった。
質問した。
理解が更新された。
結果として特に問題はなかった。
むしろ、そういうことの方が多いかもしれません。
だから私は、違和感は理解を深めるための入口なのだと思っています。
その結果として誤りが見つかることもあれば、問題がないことを確認できることもあります。
違和感は探すものではなく現れるもの
ここで少し不思議な話があります。
違和感は大切です。
でも、違和感を見つけようと力んでいるときほど見つからない気がするのです。
「何かおかしいところがあるはずだ」
と思いながら数字を見ると、かえって見えなくなる。
一方で、
会社の状況を理解しようとする。
業界を理解しようとする。
世の中の変化を理解しようとする。
そして、
「この会社ならこうかもしれない」
というイメージを持ちながら数字を見る。
ただし、そのイメージに固執はしない。
そうやって見ているときに、ふと違和感が現れることがあります。
うまく説明できないのですが、私の実感としてはそんな感じです。
おわりに
今回は、「違和感」という言葉をきっかけに、監査人として感じていることを書いてみました。
監査の仕事では、決算書を見ながら会社を理解しようとします。
業界を理解しようとします。
社会の変化を理解しようとします。
そうして頭の中に作ったイメージと現実を照らし合わせる。
そのズレから生まれるのが、違和感なのかもしれません。
そして、その違和感が新たな質問や確認に繋がり、理解を更新していく。
私にとって監査における違和感とは、そんな存在です。
もしかすると、これは職業病かもしれません。
自分の記事を書いていても、
「何か違う気がする」
という違和感が気になって、何度も書き直してしまうのですよね。
おかげで、なかなか完成しません😅
だからこの記事も、公開した後でまた違和感が見るかるかもしれません。
そのときは、そっと見守っていただけるとうれしいです。
誰かの言葉をきっかけに、自分の言葉を発信する。
そんな記事を勝手に「インスパイア記事」と呼ぶことにしました。
誰かの記事を読んで考える。
その考えがまた別の記事になる。
そして、その記事がさらに誰かの思考につながっていく。
そんなふうに言葉が響き合い、掛け算のように広がっていくのは、Substackらしい面白さのひとつなのかもしれません。
みなさんはどう思いますか?





山藤さん
記事取り上げていただきありがとうございます(*´∀`*)
>違和感を見つけようと力んでいるときほど見つからない気がする
分かり味が深い!
逆に言えば自然体で気付けるようになれたらBestですね!
山藤さん、こんにちは!
これは、仕事へ真摯に取り組む姿勢そのものだと感じました。
その会社が健全であると証明することこそが、何よりその会社にとって喜ぶことですもんね。
数字だけでなく、様々なことを想像しながら監査する。いや~感服しました!