AIに整えてもらった文章が、なぜか自分らしくない
読みやすいのに、どこかよそ行きに見える。AIが整えた文章と自分とのつながりを、経験・意図・判断から確かめてみました。
AIに文章を整えてもらったら、ずいぶん立派になって帰ってきました。
読みやすい。
話の流れもきれい。
言いたかったことも、たぶん間違ってはいません。
でも、少し落ち着かない。
「いつの間に、こんなにきちんとした人になったんだろう」
きちんとしているのは悪くありません。
ただ、私の文章が、自分では買った覚えのない、よそ行きの服を着て帰ってきたような感じがするのです。
最近、AIを使った推敲手順を整理していました。
材料をそろえ、主張を絞り、構成と文体を整える。
そして最後に、「本人らしさを戻して自己検品する」。
この考え方に納得し、推敲手順の最後に置きました。
AIが整えた文章を、自分の文章として引き取る工程が必要だと思ったからです。
ところが、そこまで整理したところで、手が止まりました。
何を戻せば、自分らしさは戻ったことになるのでしょうか。
口調を戻せば、自分らしくなる?
語尾でしょうか。
よく使う言葉でしょうか。
比喩やセルフツッコミの入れ方でしょうか。
もちろん、それらも書いた人の輪郭をつくります。
でも、いつもの言葉を足して、文章を少し崩して、軽口を一つ入れれば完成!……とも思えません。
それでは「自分らしい文章」ではなく、「自分っぽく見える文章」になるかもしれない。
「では、自分らしさとは何ですか?」
真正面から聞かれると、困ります。
自分のことなのに。むしろ、自分のことだからでしょうか😅
この記事で、その正体まで解き明かすつもりはありません。
さすがに山が高すぎます💦装備も足りません。
それに、自分らしさをきれいに定義できるとも限りません。
ただ、自分らしさを説明できなくても、目の前の文章がこれまでの自分とつながっているかは確かめられるかもしれません。
表し方が違っても、たどる先は同じ
こういうとき、会計士の頭は、頼んでもいないのに会計へ寄り道します。
思い出したのは、「単一性の原則」でした。
会社がつくる書類には、目的に応じて異なる形式があります。
見せ方が違っても、もとになる事実まで別物にしてよいわけではありません。
「実質一元・形式多元」。
表す形は複数あっても、その根にある記録は一つである、という考え方です。
文章も、少し似ています。
noteでは実用的に書き、Substackでは考えている途中も書く。
Notesなら、ふと浮かんだことを短く残す。
真面目に書く日もあれば、少しふざける日もあります。
同じ人が書いても、形式や文体は一つではありません。
では、文章の表し方が変わっても、たどり着ける「もと」は何でしょうか。
私の場合は、自分が経験したこと、書こうとした意図、そして自分で選んだ判断です。
そのつながりがあれば、普段と少し違う書き方でも、自分の文章として引き取れる気がします。
経験・意図・判断に照らしてみる
ここからは、この三つをもう少し具体的に見てみます。
一つ目は、経験です。
自分の見た景色や体験、そこで感じたことから離れていないか。
話を分かりやすくするために、なかった出来事や感情まで足されていないか。
二つ目は、意図です。
最初に書きたかったことが、途中で別の話へすり替わっていないか。
きれいにまとまった一般論が、いつの間にか主役になっていないか。
三つ目は、判断です。
その結論を、自分の名前で公開したいと思えるか。
考えていないことまで、自信たっぷりに言い切っていないか。
この三つがつながっていれば、文体が変わっても、自分の文章として引き取れそうです。
反対に、いつもの語尾や比喩が並んでいても、経験、意図、判断がずれていれば、「何か違う」が残るのでしょう。
「正解の自分」は、なくてもいい
そもそも自分らしさは、いつか完成して、はっきり自覚できるものなのでしょうか。
私は、そうではないように思います。
人は変わります。
昨日まで選ばなかった表現を、今日は選ぶこともある。
過去と違うから、今の自分ではない、とも限りません。
だから、完成した「正解の自分」を用意して、文章と見比べるのは難しい。
その代わりに、これまで見てきたもの、考えてきたこと、選んできた判断を、一冊の元帳のように捉えてみる。
今の文章は、そこから生まれたものなのか。
どこかで、つながりが切れていないか。
完全に一致しているかは分かりません。
できるのは、説明できない矛盾がないかを確かめることくらいです。
少なくとも、自分らしさは、いつもの語尾や比喩を最後に飾りつければ戻るものではなさそうです。
大切なのは、文章の見た目をいつもの自分に戻すことではなく、その言葉を自分の経験・意図・判断につなげて、自分で選び直すこと。
そうすれば、少し見慣れない文章でも、「買った覚えのない服」ではなく、今の自分が選んだ一着として着られるのかもしれません。
次にAIから文章が返ってきたら、「何か違う」と感じる一文を一つだけ、経験・意図・判断に照らしてみませんか。
少し言葉を選び直すだけでも、自分の文章として引き取れるかもしれません。
会計の見方を通して、日常や挑戦の中にある見えにくい変化を、これからも言葉にしていきます。
続きも読んでみたいと思っていただけたら、登録してもらえるとうれしいです。




AIで文章を整えるとキレイになりすぎて浮く感じ、すごく分かる。文体をこねくるより自分の経験や意図とズレてないか確かめるの、ぼくも投稿前に試してみよう。
先ずは手書きから、私は最近それです。