何も起きていない販売実績画面を見た
有料noteが、思ったほど売れませんでした。
公開したあと、私は販売実績画面を開きました。
そこには数字が並んでいました。
私には、何も起きていないように見えました。
その瞬間、最初に考えたのは「どう改善しよう」ではありませんでした。
自分の価値の方を疑いました。
「やっぱり、そうなのか。」
その感覚と一緒に、受験時代、また合格できなかったときの記憶まで戻ってきました。
記事が売れなかったという画面を見ていたはずなのに、いつの間にか見ていたのは、自分自身でした。
数字は、売上だけでなく自己評価まで計算してくるように見えます。
でも、そのとき一つ引っかかりました。
売れなかったという結果は、記事の価値について、いったいどこまで語っているのだろう。
その数字は、そこまでしゃべっただろうか
売れなかった。
これは、販売結果として受け止めるべき事実です。
有料で販売する以上、売上は大切です。
ここを「数字なんて関係ない」で済ませたいわけではありません。
ただ、
売れなかった。
だから価値がなかった。
この二つは、本当に同じ文でしょうか。
アルマくん:
「その『だから』、数字の画面には書いてなかったですよね?」
……書いてないですね😅
私は、数字を見た瞬間に、その間を飛ばしていました。
販売結果を見た。
そこから、記事の価値を疑った。
さらに、自分の価値まで疑った。
数字が語ったこと。
私が数字に言わせたこと。
いつの間にか、その二つをひと続きにしていました。
会計なら分けるものを、自分にはまとめていた
ここで、ふと会計の仕事で数字を見るときのことを思い出しました。
たとえば、会社の利益が前年より減ったとします。
「利益が減った」は重要な事実です。
でも、
「利益が減った」
と
「経営が悪化した」
は、同じ文ではありません。
数字の変化を置いたあとで、その背景や意味を確かめていく。
少なくとも、最初の数字だけで判決までは出しません。
ところが、自分のことになると、その順番を簡単に飛ばしていました。
売れなかった。
だから価値がない。
会計なら分けるものを、自分にはまとめてしまう。
アルマくん:
「会社の数字には慎重なのに、自分の数字だけ即決なんですね。」
……ずいぶん雑な分析をしていました💦
今回借りたい会計の見方は、それだけです。
結果と、そこへ自分が足した意味は、別に扱うものです。
この癖には、覚えがあった
考えてみると、この癖は発信を始めてからできたものではありません。
公認会計士試験で不合格が続いていた頃も、結果を見るたびに、自分の未来まで決めようとしていました。
有料noteの販売実績画面を見たとき、私は同じことをまたやっていたのだと思います。
短い結果から、自分全体へ長い判決を出す。
題材が変わっても、癖は残っていました。
判決すると、次に確かめる場所が消える
判決が問題なのは、言葉が厳しいからだけではありません。
分析を終わらせるからです。
「この記事には価値がない」と決めれば、話はそこで終わります。
何が起きたのかを、これ以上確かめる必要もなくなります。
だからといって、悪い結果を良い物語へ言い換える必要もありません。
売れなかったものは、売れなかった。
そこは残します。
ただ、
売れなかったという事実はある。
記事の価値がなかったのかまでは、まだ分からない。
その空欄も残す。
結果から逃げず、結果だけで言いすぎない。
「まだ分からない」は、結果を軽くする言葉ではなく、次に確かめる場所を消さないための言葉なのだと思います。
まず2行だけ書いてみる
もし今、思うようにいかなかった結果が一つあるなら、2行だけ書いてみてください。
1行目には、形容詞を入れず、起きたことだけを書く。
「有料記事が思ったほど売れなかった」
「模試の得点が目標点に届かなかった」
「予定していた日に原稿が完成しなかった」
2行目には、その結果を見たとき、自分が何と言ったかを書く。
「自分には需要がないと思った」
「実力が下がったと思った」
「自分は計画を守れない人間だと思った」
1行目は結果。
2行目は、結果へ自分が足した意味です。
まず、そこを分ける。
原因分析や対策は、そのあとです。
私も、まだ改善方法は分からない
有料noteが思うように売れなかったあと、私は改善方法を見つけたわけではありません。
正直なところ、何を変えるべきかはまだ分かりません。
それでも今は、いくつかの記事を書き切ってみようと思っています。
「やっぱり自分には価値がない」と判決を出して止まるのではなく、分からないものは分からないまま、次に考えるための材料を増やしてみる。
今は、そのくらいの進み方です。
売れなかった記事は、価値がなかったのか
改めて、最初の問いに戻ります。
売れなかった記事は、価値がなかったのか。
今の私の答えは、
まだ、それだけでは分からない。
です。
もちろん、記事そのものに改善すべき点があるかもしれません。
それも、これから確かめることです。
でも、「売れなかった」という一つの結果だけで、自分や記事への判決まで出す必要はない。
数字が語ったこと。
私が数字に言わせたこと。
そこを分ける。
そうすると、結果は自分を裁く材料ではなく、次に考えるための材料へ戻ります。
資格試験の結果で実際に使える形へ
答練や模試の結果を見て、
「勉強時間を増やそう」
「教材を変えよう」
「今のやり方は全部駄目だ」
と、一気に動きたくなったときに使えるように、対になる有料noteを作りました。
そこでは、最近の結果を4つの箱へ分け、判決を保留する一文を書き、最後に「結果を分析へ渡すシート」を一枚完成させます。
考え方の続きではなく、自分の結果を実際に整理するための実践編です。
有料noteはこちら:結果は、あなたへの判決ではない




「事実」と「思ったこと」は分けて考えたいものですね☺️
と言いつつも、なかなか自分のこととなると難しかったりしますね🫠
「判決すると分析を終わらせてしまう」
この一文は特に重要な気がしました。
「結果から逃げず、結果だけで言いすぎない」という言葉が心に残りました。
私も反応や数字を見て、自分の価値まで結びつけてしまうことがあるので、
覚えておきたいと思いました☺️ありがとうございます✨